NEWS & TOPICS

TOPICS2022/04/04

採用の自由とその制限

  

  三菱樹脂事件

 三菱樹脂事件といえば、採用の自由を認めた裁判としてご存知の方も多いと思います。学生運動に参加していたことを隠して採用された新卒の労働者が、会社の調査で学生運動に参加していた事実が発覚し、試用期間満了後に本採用を拒否されました。これに対して労働者側は憲法19条「思想信条の自由」の侵害であるとして会社を提訴、一審・二審で勝訴するが、最高裁では原判決破棄、高裁差し戻しの判決となりました。その判決のポイントは以下になります。

  ①憲法の思想信条の自由(19条)と法の下の平等(14条)は国-個人で適用されるもので、私人(私企業も含む)-私人で適用されるものではない。

  ②会社は財産権(憲法29条)に基づく営業の自由があり、その一環として契約自由の原則(民法521条)がある。誰をどのような基準で雇用するか、法律等の制限がない限り原則自由である。

  ③思想信条を理由とする採用拒否は、民法上の不法行為や公序良俗違反に該当するとは言えない。

  ④会社が採用前に労働者の思想信条の調査を行うことも違法行為とはならない。


  「採用の自由」の法規制

 この判決により日本の会社は広範な採用の自由が認められました。その後、判決ポイント②にある「法律等の制限」として採用時の差別を禁止する法律が制定されました。

  (1)性別による差別禁止・・・男女雇用機会均等法5条 「事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」

  (2)年齢による差別禁止・・・労働施策総合推進法9条 「事業主は、(中略)労働者の募集及び採用について、厚生労働省令で定めるところにより、その年齢にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」

  (3)障害者の差別禁止・・・障害者雇用促進法34条 「事業主は、労働者の募集及び採用について、障害者に対して、障害者でない者と均等な機会を与えなければならない。」

  (4)労働組合非加入を雇用条件にすることを禁止・・・労働組合法7条(使用者の禁止行為) 「(前略)労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。」

 しかし、たとえ上記法律に違反する採用差別があったとしても、裁判で認められるのは慰謝料、損害賠償のみで、会社に採用命令が出されることはありません。契約自由の原則があるためで、会社の採用の自由は非常に強固に守られていると言えるでしょう。


  「採用の自由」の現在

 本採用拒否が発生したのが1963年、差し戻しの最高裁判決が出たのが1973年です。判決には当時の時代背景や終身雇用を前提とした雇用関係が大きく影響したと言われますが、現在の視点で考えると疑問を感じる部分もあります。判決ポイント③思想信条を理由とする採用拒否について、判決では「思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであり、その他これを公序良俗違反と解すべき根拠も見出せない。」と述べられていましたが、法学者の間では公序良俗違反とする学説が多いです。

 判決ポイント④思想信条の調査は、プライバシー権のある現在では難しいでしょう。職業安定法5条では、本人の同意または正当な事由がある場合を除き、労働者の募集業務の目的の達成に必要な範囲内で個人情報を収集、保管、使用しなければならないと定めています。同法に関する指針(平成11年労働省告示第141号)でも、以下の個人情報について特別な業務上の必要性がある場合を除いて収集してはならないとされています。


  (イ)人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項

    例)家族の職業、収入、本人の資産等の情報。容姿、スリーサイズ等差別的評価に繋がる情報。


  (ロ)思想および信条

    例)人生観、生活信条、支持政党、購読新聞・雑誌、愛読書


  (ハ)労働組合への加入状況

    例)労働運動、学生運動、消費者運動その他社会運動に関する情報


  雇入時の健康診断

 上記指針では健康情報について明示されていませんが、裁判では本人の同意なく健康情報を収集することがプライバシー権侵害にあたるとして認められています。本人の同意なく肝炎ウイルス検査を行い不採用としたB金融公庫事件(東京地判平15.6.20)や、任用後にHIV抗体検査を行い辞職強要された警視庁警察学校事件(東京地判平15.5.28)等があります。これも採用の自由に基づく調査の自由が制限されるケースと言えるでしょう。

 労働安全衛生規則第43条で「雇入時の健康診断」を行うことが会社に義務付けられていますが、これは採用後の適正配置、健康管理のために行うものです。採用選考時に一律に健康診断を実施することは、選考に関係のない個人情報を得ることにもなり、その結果として就職差別につながるおそれがあります。採用選考時に健康診断を実施したり健康診断書の提出を求める際には、応募者の適性と能力を判断する上での必要性を慎重に検討し、検査内容とその必要性について応募者に十分な説明をすることが求められます。一例として、運転業務の募集の場合に失神等の発作がないか確認したり、アレルギー物質を扱う業務でアレルギー症状の有無を確認することは、妥当性があると言えるでしょう。

 採用の自由は広く認められていますが、それは各種法律や現代的な配慮の上での自由であると言えます。適切な採用活動を実施することは、会社のCSR(社会的責任ある行動)やSDGs(持続可能な開発目標)のジェンダー平等や人の不平等をなくす活動にもつながり、社会的に高い評価を得られるでしょう。会社の選考基準、選考方法について、再度点検してみてはいかがでしょうか。


参考:厚生労働省「公正採用選考特設サイト」
https://kouseisaiyou.mhlw.go.jp/index.html